『入浴福祉新聞 第108号』(平成21(2009)年4月1日発行)より
過去の入浴福祉新聞に掲載された記事をご紹介します。
発行当時の入浴や福祉等の状況を少しでもお届けできたら幸いです。
[褥瘡は清潔な湿潤処置で治す]が常識に
それには入浴とシャワーが欠かせません
在宅の重度要介護者であっても、訪問介護や訪問看護が充分に利用できない現況のなかで、注意をしたいのが褥瘡です。
ほとんど寝たままの生活をしていますと、身体の部分圧迫が続き、加齢による皮膚の劣化や要介護者にありがちな栄養不足なども重なり、褥瘡の発生リスクが大きくなるからです。
褥瘡を予防したり、早期に直すには、頻回な体位交換…部分圧迫の解消…栄養改善…適切なスキンケア…といった総合的なケアが必要になります。
その褥瘡対策としてのスキンケアは近年、以前とはまったく異なる方法が適切とされるようになりました。それが、[乾燥処置]から[湿潤処置]への大転換です。
皮膚科専門誌をはじめ、医師会や病院が発行する雑誌でも随時、[湿潤処置]の解説記事が掲載されるようになり、医療機関の現場でも在宅ケアでも、[新しい常識]が普及し始めたのは喜ばしいことです。
最近も、『高知市医師会医学雑誌』第12巻第1号(2007年)で、高知赤十字病院形成外科の中川宏治医師が、「外傷と創傷治療~湿潤環境と創の清浄化」と題して、たいへん判りやすい解説を寄稿していて、隔世の感を強くしました。
褥瘡に限らず、皮膚の創傷治療は、患部を消毒し、ガーゼを当てて乾燥させて治す、といった手法が常識とされてきました。
中川医師の記事によりますと、この[乾燥処置]は、19世紀後半のヨーロッパで発展した細菌学にルーツがあり、創傷部分を乾燥させれば細菌は繁殖せず化膿もなくなる、といった考えを根拠にしたそうです。
ところが1960年代に、患部を乾燥状態にするより清潔な湿潤状態に保った方が治りが早い…皮膚を乾燥状態にすると患部が奥に進行する…といった事実が確認され、[乾燥処置]は覆されてしまったのです。
しかし、少々驚くことに、創傷治療の最新の手法が医学や看護学のテキストに詳しく書かれているわけではないため、従来からの[言い伝え]である消毒してガーゼを当てる方法をまだ守っている医療関係者が少なくないとのことです。
中川医師が解説している創傷治療の基本は、まずはとにかく患部を清潔にすること。軽傷の場合なら、清潔にした後、サランラップのような透明フィルムで保護すれば充分とか。重症になっていたら、患部の壊死組織や異物を除去するデブリードマンを行い、念入りに優しく洗浄した後、湿潤環境を維持するウエットドレッシングで被覆すれば充分というのです。
イソジンなどを使う余計な消毒は不要で、抗生物質の投与もまず不要。洗浄水は水道水を微温にして刺激を与えないようにするだけでOKといいます。
では、褥瘡の予防と治療のために患部を清潔にする最適な方法は何でしょうか。入浴とシャワー以外には考えられません。
医学や看護学の雑誌でも、[褥瘡と入浴&シャワーの効用]を強調した記事は少ないのですが、文献を検索していましたら、『難病と在宅ケア』第11巻第1号(2005年4月)に、戸田中央リハビリテーション病院の倉持玲子看護部長が寄稿した「全身シャワー入浴システムの導入による褥瘡の予防と治療」と題した素晴らしいレポートを発見しました。
同病院では褥瘡治療に特別な薬剤は使用せず、浸出液の調整ができる充填剤と栄養補給、そして積極的な入浴とシャワー浴の援助が中心とのことです。この報告で倉持部長は、次のように語っています。
「入浴は皮膚の清潔を保つだけでなく、新陳代謝を高めて循環を促進し、褥瘡予防と治療につながる。感染を怖がり湯船に入らないことは治癒を遅らせる要因にもなる。身体を温めた上で局所にシャワーを当てることが効果的である。当院では褥瘡のない患者にも週3回の入浴を行い、褥瘡のある患者には連日シャワー浴をできるだけ実施し、治癒促進をはかっている」
この病院が導入しているシャワー浴槽は、仰向けに寝た患者の首下から全身をテントのように覆える構造で、身体の下と上からシャワーが出る仕掛け。お湯の温熱効果とシャワー圧の効果が相乗して、浴後の体温低下が少ないそうです。
こうしたシャワー浴槽でなく普通の介護浴槽でも湯上がり時に患部をシャワーで清浄にすることで早期の治癒が期待できる、とも倉持部長は言うのです。
訪問入浴介護は、褥瘡発生リスクが大きい在宅の重度要介護者に対して、褥瘡を予防すると同時に、早期の治癒を促すサービスでもあるのです。
※発行当時の原稿をそのまま掲載しております。何卒ご了承の程お願い申し上げます。