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2019 05.24
入浴の歴史ものがたり⑮~『入浴福祉新聞 第39号』より~

 

入浴福祉新聞 第39号』(平成4(1992)年4月1日発行)より

過去の入浴福祉新聞に掲載された記事をご紹介します。

発行当時の入浴や福祉等の状況を少しでもお届けできたら幸いです。

 

 

入浴の歴史ものがたり⑮

立井 宗興

 

明治43年に東京瓦斯が家庭用ガス風呂を発売し、近代の内風呂普及の黎明を飾ると、銭湯の改革も進んだ。

大正時代には、それまでの板張りの洗い場や、木製の浴槽が、コンクリートとタイル張りに変わっていったのだ。

と同時に「古き良き風習」も姿を消してゆく。

女湯で使われていた糠袋が、大正8年に廃止となり、大正10年には、季節湯はショウブとユズ湯のみとなった。

翌年には、江戸の風物詩=朝湯も無くなった。

 

そのかわり衛生面では、「格段」の向上をみている。

それまでは、浴槽とは別に、あがり湯の湯槽が設けられていたのだが、どうしても不潔になる。

そこで、昭和2年頃から水道式カランが設置され、蛇口から小桶に汲む方式となったのである。

 

東京だけでも、約100軒の浴場のうち65%を焼失させた関東大震災は、浴場近代化の好機ともなった。

鉄筋造りの浴場も出現し、モダンな公衆浴場が増えていったからだ。

日本人にとって入浴は欠かせない習慣になっていたため、震災後には被災者のための巡回風呂や簡易浴場も登場した。

 

近代化したとはいえ、昭和初期の浴場は、現代人からみたら不潔そのものだった。

昭和7年4月の読売新聞は、銭湯の湯の汚れについての記事を掲載。

1㎠当たりの細菌数は、男湯が26万9400個、女湯が29万1883個も確認されたと指摘したことがある。

 

 

※発行当時の原稿のまま掲載しております。何卒ご了承の程お願い申し上げます。

 

 

 

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