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2019 04.19
入浴の歴史ものがたり⑭~『入浴福祉新聞 第38号』より~

 

入浴福祉新聞 第38号』(平成4(1992)年1月1日発行)より

過去の入浴福祉新聞に掲載された記事をご紹介します。

発行当時の入浴や福祉等の状況を少しでもお届けできたら幸いです。

 

 

入浴の歴史ものがたり⑭

立井 宗興

 

 

明治時代の入浴を考える場合、海水浴の習慣化を忘れてはなるまい。

むろん海浜で沐浴する歴史は古いのだが、欧米の影響を受けて、レクリエーションとしての海水浴が、いっきに普及したのは明治10年代だ。

 

オランダの医師が、熱湯浴より冷水浴をすすめたり、日本の医学の大恩人ベルツ博士が、関東地方なら湘南海岸が適地である、などと推奨したことも重なって、夏は海に人々が殺到した。

そのため、風紀の乱れを心配した神奈川県などは“男女混泳の禁止”を言い出し、泳ぐ場所を区別したこともある。

 

海水浴の流行にともなって、東京の芝浦を中心に、古来からの塩湯を、海水温浴場としてお客を集める銭湯も急増した。温泉の原湯や湯の花を利用する再生温泉も多くなり、西洋医学の発想からは「ラジーム温泉」とか「カルス泉」といった“化学湯”で売り出す浴場も目立つようになってきた。

夏は海水浴、冬は海水温浴といった流行に、いわゆる「白湯」の一般銭湯は、経営が行き詰る、と心配したムキもあったそうである。

 

しかし、塩湯屋も再生温泉場も化学湯も、明治20年頃から、退潮の兆しを見せ始めた。

1日1500人も押しかけたといわれる上州伊香保温泉のように、各地の温泉場が活気づいていたのである。

 

 

 

※発行当時の原稿のまま掲載しております。何卒ご了承の程お願い申し上げます。

 

 

 

 

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