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2019 02.15
入浴の歴史ものがたり⑫~『入浴福祉新聞 第36号』より~

 

入浴福祉新聞 第36号』(平成3(1991)年7月1日発行)より

過去の入浴福祉新聞に掲載された記事をご紹介します。

発行当時の入浴や福祉等の状況を少しでもお届けできたら幸いです。

 

 

入浴の歴史ものがたり⑫

立井 宗興

 

 

徳川幕府が倒壊した明治維新時代、政府は“入浴改革”対策も次々と打ち出した。

その1つが、男女入込湯(混浴)の禁止だった。

 

混浴の禁令は、江戸時代から何度も出されてきたが、徹底されなかったからだ。

国際社会の仲間入りをするためには、外国人に奇習と映る混浴を、是が非でもやめさせなければならぬ、と考えたのである。

当初は、浴槽に間仕切りをしたり、男湯デー・女湯デー、男湯タイム・女湯タイムなど、日と時間を区切る工夫をすれば許されたようだが、明治3年には「男女浴槽の完全分離」を業務のガイドラインとし、これを実現できない銭湯は、原則として営業許可をしないことにもなった。

 

混浴が日常習慣となっていたお客は、さぞ妙な気分を抱いただろう。

また、高温浴を戒めたり、内部がどうしても薄暗くなる“ざくろ口”の廃止を指導したりもした。

 

そんなことで銭湯の営業がしづらくなったか、というとそうではなく、明治元年に63軒程度だった東京の銭湯は、12年までに1030軒に激増したという。

東京から追い出された徳川の家臣の家宅が壊され、廃木材が激安で入手できたからである。

 

 

 

 

※発行当時の原稿のまま掲載しております。何卒ご了承の程お願い申し上げます。

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