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2019 01.18
入浴の歴史ものがたり⑪~『入浴福祉新聞 第35号』より~

 

入浴福祉新聞 第35号』(平成3(1991)年4月27日発行)より

過去の入浴福祉新聞に掲載された記事をご紹介します。

発行当時の入浴や福祉等の状況を少しでもお届けできたら幸いです。

 

 

入浴の歴史ものがたり⑪

立井 宗興

 

 

鎖国の江戸時代でも、長崎の出島を入口にして、外国人がかなり日本を歩きまわった。

彼らが好奇の目で見た日本人の習慣のひとつが風呂であった。

 

「風呂で元気を一新し、疲れを汗とともに出す浴場は、毎日開いている」「風呂は日本の壮大な保養所である。貧乏人も入っているし、心配ごとをすべて忘れさせるところだ」「西洋人はわざとらしく上品ぶるが、日本人は清潔を尊ぶ。清潔は日本文明のなかの、数少ない独創的なひとつである」といった見聞記を、ドイツ人の医者、オランダの軍人、イギリスの総領事や学者などが残している。

 

むろん、礼賛的な側面だけでなく、「信じられない奇習」として映った外国人も少なくない。

 

「私はどうして日本人がこんなに熱い湯に入るのか、不思議でならない。夏でも高温に入り、ユデダコのように真赤になって出てくる」と、オランダの軍官が首をひねっているし、ペリーも『日本遠征記』のなかで、貸本屋とオモチャ屋の多い国で、子供はシアワセだ、としながらも「町に男女混浴の共同浴場がある。道徳心に疑いをもつ、淫蕩な人民である」と顔をしかめた。

 

オランダの軍医ポンペなどは、混浴を開放的とみたが、高温浴を鋭く批判。

「日本人にとって温浴は食事みたいなものだが、その時間は長すぎ、湯は手がつけられないほどだ。こんな入浴では、身体や皮膚を弱め、頭部のうっ血をきたすだろう」と指摘している。

 

 

 

※発行当時の原稿のまま掲載しております。何卒ご了承の程お願い申し上げます。

 

 

 

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